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会長あいさつ

 ようこそ、三重県土地家屋調査士会ホームページへお越し下さいました。有り難うございます。あなたの訪問された理由は何ですか。土地の境界についてですか、それとも建物を新築したので登記をされるということですか。また、それとは別にどんな職業なのか知りたかったという興味からですか、いずれの理由も大歓迎です。理由はともあれ、少しでも多くの方々に土地家屋調査士を知って頂ければと思っているからです。
 それでは、三重会の会長として少し三重県の紹介と、土地家屋調査士制度の成り立ちについて紹介したいと思います。なお、業務内容につきましては、ホームページの別のところで詳細に記載していますのでそれに譲ります。
 さて、我が三重県は、北は愛知県・岐阜県、南は和歌山県と接し、東は伊勢湾・熊野灘、西は奈良県・京都府・滋賀県と接する、東西は約108km、南北に約180kmを超える細長い地形であります。その成り立ちは、令制国時代の伊勢国、志摩国、伊賀国、紀伊国(熊野国)の一部が、明治維新政府の廃藩置県政策により、現在の三重県が形成されるに至りました。元々、日本の土地制度は、公地公民の制に由来し、土地も民も国の所有でありました。そのため国が国民を収税の道具として扱う方法として、日本初の戸籍である庚午年籍が編成され、班田収受法の元を担ってきました。その後も、時代は変われども三世一身法、墾田永年私財法と、権力には、次々と民を操る便利な方法が考えられてきました。その後武家社会となりましても、国民は、何一つ反抗する術をもたず、権力のなすがままの生活に変化を見いだすことができませんでした。ところが、そうした状況が一変しました。つまり、明治維新政府が土地所有者に地券を発行し、地券を交付するという簡易な方法により売買を可能にすることを認めたということです。第二次世界大戦後、農地改革が行われるまで、まだ地主制が残る不完全な個人所有制ではありますが、認められたということは、国民に所有という意識が完全に芽生えたと考えられます。
 戦後、財閥解体に辣腕を奮ったシャウプ教授の勧告により、固定資産税が国税から地方税に変わった時、時を同じくして、国民の財産上の権利をまもるため土地家屋調査士制度(昭和25年制定)が誕生しました。そして、67年が経過し、少なからず国民の間に土地家屋調査士が定着してきたのではないかと自負いたしております。
 これから将来に向かって、国民の権利意識は益々増大し、法律は複雑化していくなか、その橋渡しが私ども土地家屋調査士に課せられた責任ではないかと考えております。
 色々と書きましたが、国民からの付託に応じることができるように三重会一同頑張ります。
 お困りごと相談等がありましたら、いつでも当会ホームページにお越し下さい。
 三重会は、あなたのお越しをお待ちしております。
                    
                    三重県土地家屋調査士会  会長  池 畑 信 也

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